稲作を例に考えてみると
人間が地球上に生かされている限り、自分サイドだけで考えたり、計画しては無理です。
非生物的な材料を使っての都市化や道路建設と異なり、生きた構築材料を使う場合には、道路建設期間以上の生物的な時間をかけて、その土地本来の多様な緑の形成をすることが必要です。
基本的には、それ以上の方法がないことを知るべきでしょう。
たしかに、一時的には、私たちは外来の動物・植物や微生物を使っても、一面的な成果を得ることができるかも知れません。
しかし、長持ちしないことを覚るべきでしょう。
稲作が日本に導入されて、2000年少々たちます。
その間に日本人の悲願として、もっとも日本に適した食料資源として、弥生時代以来営々と開田に力を注いできました。
そして現在、日本では食糧が余っているように言われています。
たしかに食糧資源はあり余っているように思えます。
しかし、稲ワラまで韓国や台湾から輸入しているのが現状です。
一時、石油が少し入りにくくなった時、日本中が大さわぎしました。
もし、60数パーセントの食糧資源を海外に依存している島国日本で、何かの原因でその輸入が2、30年途絶えたら、日本人は何を食べて生きていくのでしょうか。